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武蔵野線からの譲渡第一号配給
撮影:きゅーまる様

ご承知の通り、例によって記事を出させていただいております。⇒http://toyokeizai.net/articles/-/211051
JR東の提灯記事を書くなんて、パクアン急行もいよいよトチ狂ったか、と思われたかもしれませんが、まあジャカルタ案件に限って言えば、感謝してますよ。あのタイミングでJREが出てこなかったら、もうKCJもはや崩壊していたでしょう。2014年中旬時点で既に埼京編成の非稼働車がゴロゴロしていたわけですから。しかも、今の営業車見てもMGやコンプの類が相当数JR持ちだったの予備品に交換されているところを見ると、JRの支援なしでは状況は2013年の6000系のゴタゴタと同等か、それ以上の大問題になっていたことは明らかでしょう。冒頭画像はいつもお世話になっておるきゅーまる様から頂きました。ありがとうございます。
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メルヘン顔がどのような塗装になるのか、楽しみです

私としても、2013年当時の状況下で、毎年100両超も車両がやってきたら、もうストレスでジャカルタから逃げ出していたかもしれませんしね。JRE様が出てこられて、肩の荷が下りたというのは事実です。しかしながら、103・203のときに、インドネシアのような後進国に誰が支援などするか?言わんばかりの無碍な態度を取っておきながら、今になって偽善者ぶった態度を取るのは、未だに納得出来かねる部分ではあります。また、2000年の都営譲渡時から細々と、しかし地道に営業を続ける土着日系業者もあり、そのおかげで、なんとかこれまで車両が稼働で来ていたのも事実なわけであるにも関わらず、そういう人たちが守ってきたジャカルタ都市圏のマーケットを良いとこ取りし、自社の利益へと突き進む姿勢もどうかと思いますがね。

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先日、10年間お世話になった新座駅でしばしの別れを告げてきました。
Tanjung Priokで会いましょう。

それでも、JREは業界で神様のようなもので、これまでジャカルタになどそっぽを向いていたメーカー各社がJREの鶴の一声で、方向幕ですら納めるようになってしまったのですから、結果的には良い方向に進んだのかな、と納得するしかないのかもしれません。とにかく内向的なこの業界、そして趣味人たちの視線を外に向けさせたという点では、評価して良いのでは、と思います。あまりに書いてKCI出禁になっても困りますしね(笑)

にもかかわらず、インドとインドネシアの違いもわからないような、餓鬼(学生?)がウヨウヨいるというのは嘆かざるを得ません。近年の日本の知的レベルの低下は甚だしいですね。中学地理・歴史レベルの知識がないまま社会に出てくるのですから、恐ろしいものです。中韓その他諸々の批判をする前に、勉強しろよ、と(こういう輩をネトウヨと呼ぶのでしょうね)。これでは日本が沈没してゆくのも、当然の成り行きです。

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