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展示のメインとなった東急8618F(JALITA)には
日によって様々な装飾がなされました

現地鉄道ファンのSNS等から既に発信されている通り、10月末で正式に運行終了のアナウンスが成された(8618F及びマト66編成は8月末までに営業運行を終了していますが、機能維持はされていました)東急8500系、メトロ7000系、203系のうち、11月上旬時点で走行が可能な各形式1編成、8618F、7123F、マト66編成がジャカルタコタ駅で11日に展示され、引退記念式典が実施されました。去る4月の電車100周年イベントと同様のイベントでしたが、4月に日本の関係者が完全に梯子を外されていた、というか、日本側があまりにも無関心でしたが、今回、在インドネシア日本大使館、JICA、さらには2005年からの車両譲渡に関わられてきた東急グループ関係者御一行の出席も叶い、イベントは大成功のうちに終わりました。やはり、前回、グサっと刺したのが効きましたかなぁ。




本件、公式取材を行っており、詳細は下記のジャカルタ日報紙面版よりご確認ください。12月8日まで無料でご覧いただけます。



とはいえ、新聞紙面では文字数に限りがあり(1500字くらいしか書けない…)、東急譲渡に関わる様々な裏話を伺っていますので、いずれどこかで公開できればと思います。


動画も合わせてご覧ください

さて、ここはブログということで、一般紙読者には不要のマニアライクな内容でお送りします。

展示された3編成はいずれも前日の夜までにデポック電車区から送り込まれており、8618Fのみが9日の朝に回送、10日からジャカルタコタ駅で先行公開されています。マト66、7123Fは10日夜の回送で、同日にはCLI-225系2001Fの走り込み試験も実施されており、3本の列車が立て続けに上るということもあり、夜にも関わらず、各駅は撮影者で賑わいました。日中に走行した8618Fは言わずもがな…。そこまでして撮る気にもならないので、私は取材メインでコタ駅のイベントのみ参加してきました。

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なんといっても今回のキモは公式に日本語を出した
このヘッドマークでしょう

走行は飽きるほど撮って&乗っているので、ヘッドマークさえ撮れれば満足です(笑) にしても、かつては日本語NGと言われたジャカルタで、よくも今回、控えめながらひらがな表記が認められましたね。というか、今回のイベントのコンセプトの一つになっており、掲示物や式典の司会者のアナウンスにまで、あらゆるところに「ARIGATO」が用いられていました。イベントを企画したIRPSとKAIの信頼関係の賜物と言えるでしょう。

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公式ビジュアル
日本とジャカルタのモチーフを散りばめた素晴らしいデザインです

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寄せ書きもものすごいことになりました
相当数の日本人が書き込みをしているとは言え

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I♡DJKA!!

11日の朝、コタ駅に到着すると既にものすごい人いきれになっており、冷房の効いた式典会場にさっさと避難しないと暑すぎてぶっ倒れそう…。

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100周年イベントのとき、当たり前の存在過ぎて、撮影者の少なさがイジられていた
7123Fが嘘のように撮影者が殺到しています
掲出されたヘッドマークの中では7123Fのものが最高でしたからね

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7123FはHMステーを活用した缶方式の
ヘッドマークになりました

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マト66はKAI Commuterロゴを隠すのはNGだそうで、
小さめのステッカーが左右に貼られました
(マト66のみコタ到着後にステッカー貼り付け)

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一応、3本並び
Bojong Gede行きサボがにくい演出ですね

式典は11日の9:30からスタートで、式典に出席する来賓が先に車内公開の対象となっている8618Fに乗車する為、一般向けの車内開放はお昼過ぎからとなりました。

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式典会場はお馴染みの旧長距離列車待合室を転用した
ガラス張りスペース
会場が外から丸見えになるため、式典終了まで8618Fは開放されないわけです

なお、式典の最前列はほぼ日本人で占めることが出来ました。これで100周年のときの雪辱を晴らしましたね(?)


式典会場で流されたIRPS作成のさよなら動画はこちらから視聴出来ます


7123Fとマト66は、式典終了後、昼過ぎには早々にデポック電車区に返却回送されてしまい、8618F「JALITA」のみが引き続き、ジャカルタコタ駅で展示され、ミニミュージアムとして一般開放されました。当初は土日を挟まない14日までの会期でしたが、好評を受けて16日まで延期されました。来場者は各日1000人を超え、東急車の人気ぶりかつ、日本と同様の「葬式」需要を示しています。最終日には、イグナシウス・ヨナン閣下も会場にサプライズ登場し、会場の熱気にさらに拍車をかけました。

正直、この手の熱狂というか、発狂ぶりは嫌いなので、平日夜の冷めた時期を狙って再訪してみました。

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私にとって、通電した状態で最後の撮影

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JALITA色に復刻されてからは、ほぼプリオク線専用で、
ほとんど撮影地がなかったので、最後に長期間展示されて良かったです

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編成札はさよなら記念で特別のものが用意されています
その他、来場者から持ち込まれた花束や掲出物やらが様々
設置されました

車内のミニミュージアムでは、各編成の生い立ち、ジャカルタ入線から引退までを、中づりや広告スペースを使って紹介されています。また、ジュアンダ駅下のKCI本社に展示されている歴代車両のミニチュアも、期間限定で8618F車内に移設されていました。

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これに先立ち、IRPSは画像の提供をSNS上で募っていました

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日本での活躍期間とジャカルタでの活躍期間がそれぞれ
掲示されています

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営業終了日ではなく、一様に11月11日が
公式のラストラン日のようです

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IRPS会員になったアダムっちの懐かし画像も
多数展示されていました

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この暖簾のセンスがなかなかいいですね

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ジュアンダから移動されてきた歴代車両の模型

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チョッパ車の離脱は
同時にDIVISI JABOTABEK時代を知る車両
が全廃なることを意味しています

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一部の車両はKCIの広報スペースとなっていました

8618Fも16日の展示終了後、18:30過ぎにジャカルタコタを出発。デポックまでの最後の力走となりました。約17年にもおよぶ当地での活躍、大変お疲れさまでした。

気になるのは経年車離脱後のKCIの布陣。特に今回、さよならイベントに並ばなかった6000系のチョッパ車ですが、残念ながら11月15日付けで、7123Fと共に全て(6106F、6107F、6123F)が予備からTSGOにステイタス変更となり、一斉に除籍となりました。INKA新車4本のデビューまで、予備車として残ることも想定されていましたが、CLIー225系1001Fが11月6日の運輸省試験を経て、11月12日に運用許可を得ていること、さらに2001Fも走り込み試験を終え、そのまま運輸省試験を受けて、現在、許可交付待ちの状況ですので、予備として残す意味もないと判断されたものと思われます。

この結果、現在、8両編成で残るのは205系武蔵野線M3、M9、M10、M12、M16、M17、M23+M22、M19(+M25)、M24の9本、及び6000系大窓VVVFの6132Fと、暫定?8連になっている6130Fとなります。チョッパ車を落としてもなお、十分な予備編成が確保されていることから、CLI-225系4本がデビューすると、そのまま同じ数の205系が12連に組み替えられるものと思われます。4+4組成の2本をバラシて、そのまま12連化のタネ車として活用すると、貫通8連が3本余り、そのままこれも12連2本に出来るため、案外とすっきりした組み換えになるかもしれません。そうなるのならば、プリオク線用の8連が足りなくなるため、6130Fは欠車2両は部品取り化、恒久8連となり、6132Fと共にポストサークルPの座に就くのかもしれません。

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